女性初のアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグローの魅力とは?

毎年アカデミー賞は行われますが、女性監督が監督賞に選ばれた事は一度もありませんでした。

しかし、2009年ついに女性でありながら初の監督賞の栄冠に輝いたのが、キャスリン・ビグロー監督です!

キャスリン監督のキャリアはかなり長いもので、ここまで来るのに数々の失敗や、相当な苦労がありました。

そんなキャスリン監督は、一体どうやってアカデミー監督賞を獲るまでになったのでしょう?

なるべく解りやすく紹介したいと思います!

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キャスリン・ビグローってどんな人

キャスリン・ビグロー

プロフィール

生年月日   1951年11月27日
出身    アメリカ・カリフォルニア
学歴    コロンビア大学芸術大学院卒

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略歴

1978年  短編映画「The Set-Up」で映画監督デビュー
1989年  「ブルースチール」でカンヌ初上映
1991年  「ハートブルー」を監督
1995年  「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」を監督
2002年  「K-19」監督
2008年  「ハート・ロッカー」でアカデミー監督賞を受賞
2013年  「ゼロ・ダーク・サーティ」を監督
2014年  「Last Days」短編映画を監督

キャスリン・ビグローのすごい所は?

キャスリン・ビグロー監督は、2009年公開の「ハート・ロッカー」で女性初のアカデミー監督賞を受賞した事で一気に知られるようになります。

今まで数多くの女性監督が映画を作ってきましたが、監督賞に輝いたのはキャスリン・ビグロー監督が初めてでした。

この作品は他にも、作品賞、脚本賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の計6部門を制覇するなど、キャスリン・ビグロー監督のキャリアの中でも最高のものとなりました。

「ハート・ロッカー」は、イラク戦争の爆発物処理班を扱う過激なストーリーで、女性が監督したものとは思えない映画です。

しかし、映画の核心は爆発物処理をする主人公の戦争中毒になった心の崩壊を通して、戦争の在り方を示してる所に、女性ならではの繊細さがうかがえます。

キャスリン・ビグロー監督はこの後製作した、「ゼロ・ダーク・サーティ」でも過激な内容の映画を撮っています。

この作品は9・11テロの首謀者ウサマ・ビン・ラディンの捕獲・殺害ミッションをテーマとした作品で、撮影前から政治的論争が起きるなど色々物議を醸しだした作品です。

そのせいか、興行的には成功しますが賞レースではノミネート止まりとなりました。

ただ、こういった過激な社会派作品を、女性でありながら果敢に撮り続ける精神や勇気には、やはり他の女性監督には無いすごいものを感じます。

そんなすごいキャリアを持つキャスリン監督も、ここまで来るのにはかなりの苦労がありました。

一体どんな苦労を乗り越えてここまで来たのでしょうか?

キャスリン監督と映画の出会い

キャスリン・ビグロー監督は、最初から映画監督を目指していた訳ではなく、最初はアート関係のアーティスト志望でした。

21歳でアート系の学校を卒業後、ホイットニー美術館の学習プログラムに進み、有名アーティストの下で学んでいました。

一時期は「ロバート・ラウシェンバーグ」などの超有名アーティストとも活動していましたが、その後コロンビア大学芸術大学院に入学して、映画理論と批評を学ぶようになります。

大学在学中に撮った、短編映画「The Set-Up」が教授に好評で、キャスリン・ビグロー監督はこの作品で映画監督デビューする事になりました。

これが、キャスリン・ビグロー監督の映画監督としての第一歩です。

長い低迷期

その後、少しずつ監督をするようになりますが、なかなかヒット作には恵まれませんでした。

特に、1995年に製作した「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」は、1万5千人ものエキストラを動員した大作でしたが、制作費4,200万ドルに対し興行収入800万ドルという歴史的な大赤字となってしまいました。

しかし、この作品のDVDはなぜかプレミアがついてかなりの高値で取引されています。

その後、起死回生で臨んだ2002年の「K-19」も、制作費を1億ドルもかけて最高に気合の入った作品でしたが、蓋を開けてみると国内興行収入は3,500万ドル止まりとまったく振るいませんでした。

満を持して作った作品が2作連続大赤字となると、普通は心が折れてしまいそうですが、キャスリン・ビグロー監督はそれでも立ち上がり、今度は製作費がたった1,500万ドルの低予算映画を作りました。

それが、アカデミー監督賞を受賞する「ハート・ロッカー」だったのです!

これを見ると、製作費をかければ映画がヒットするなんて事は無いのだなと分かります。
やはり映画は脚本の面白さと、それに合った映像が合わさってこそヒットするのでしょう。

製作費なんていくらかけても、作品が面白くなければ何の意味もないですね。

こうやって、キャスリン・ビグロー監督は一流の映画監督の仲間入りを果たしました。

キャスリン・ビグロー監督の私生活

キャスリン・ビグロー監督は、今でも60代とは思えない程キレイな方ですが、若い頃はGAPのモデルをするほどの美貌の持ち主でした。

その頃、あの「タイタニック」や「アバター」で有名な、ジェームズ・キャメロン監督と結婚しています。

ジェームズ・キャメロン監督は、キャスリン・ビグロー監督よりも3歳年下なので姉さん女房だったわけですが、やはり家庭と映画監督とを兼任する事は不可能だったのでしょうか、わずか2年足らずで離婚しています。

お互い若い映画監督だったので、とても話が合って意気投合したものの、やはり家庭と仕事は別だったと言う事なんでしょう。

離婚も揉めた様子はなく、その後ジェームズ・キャメロン監督が書いた脚本をキャスリン監督が映画化しています。

その映画が、大失敗に終わった「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」です。
この作品にはジェームズ・キャメロン監督も製作として参加しているので、かなりの打撃を受けたはずです。

しかし、その2年後に発表した「タイタニック」が空前の大ヒットとなった事で、全ては帳消しになりましたけど・・・。

そして、キャスリン・ビグロー監督はジェームズ・キャメロン監督と別れてからは、ずっと独身のようです。

やはり女性の映画監督と言う職業は、結婚生活とは無縁なのかも知れません。

しかし、映画監督と言う仕事を選んだ以上は、映画を作ってる事が何よりの幸せだと思うので、今後もキャスリン・ビグロー監督の作る映画が非常に楽しみです!

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