向翔一郎の父親・母親や兄弟(姉)もすごい!彼女や結婚の噂と破門された理由とは?

現在、柔道90kg級で大活躍している向翔一郎(むかい しょういちろう)選手!

向翔一朗選手は幼い頃から柔道を始めてますが、その才能はすぐに開花し小学生時代からバンバン試合で勝ち続けていました。

しかし、その後は強さゆえの慢心からか、なかなか勝てないような時期も過ごしますが、元々能力のある選手だった事もあり、大学以降は目覚ましい活躍をして注目されます。

また、最近では「メイプル超合金」のカズレーザー似とも言われて、違うところでも注目を浴びていますね。

そんな、向翔一朗選手の父親・母親や兄弟も柔道が強いのでしょうか?

また、彼女や結婚の噂やや「破門」された理由とは何なのでしょう?

ちょっと気になったので調べてみました!

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向翔一朗ってどんな人?

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プロフィール

生年月日 1996年2月10日
出身地  富山県高岡市
身長   178㎝
学歴   日本大学卒
所属   綜合警備保障
得意技  内股

向翔一朗の両親は父親が柔道の先生で指導が厳しい!

向翔一郎選手の両親は、父親が「結婚柔道の先生」と言う事は分かっていますが、名前や年齢などの詳しい情報は出ていませんでした。

また、父親が自身の道場を運営していたかどうかの情報も無い事もあり、父親の職業が柔道の先生なのか、それとも仕事は別にあるのかも分かりませんでした。

ただ、向翔一郎選手は小学校1年生で新潟県の有名な道場でもある「白根柔道連盟凰雛塾」所属となっているので、ひょっとすると父親の仕事の都合で新潟に引っ越したのかも知れません。

そして、父親は柔道の先生なのにも関わらず、最初は向翔一郎選手に柔道をやらせるつもりは無く、「野球選手」にさせようとしていたと言う事です。

なので、向翔一郎選手が小さい頃はそれほど厳しい指導はせずに、練習の休みには父親とよくキャッチボールをしていたと言います。

しかし、小学校4年の時に向翔一郎選手が「全国大会」へ出場するようになった為、そこから父親のスイッチが入り本格的に指導するようになりました。

そして、厳しい父親の指導もあってか、小学校時代の向翔一郎選手は「この頃が人生で一番強かった」と言うほど、試合に勝っていたと言う事です。

なので、向翔一郎選手の父親は指導者として相当優れた方なのではないでしょうか。やはり、優れた才能を伸ばすのは指導者の力でもあります。

実際、向翔一郎選手自身もこの時期に父親から厳しい指導を受けたお陰で、その後の柔道人生を「甘い考え」で過ごさずに済んだと語っています。

なので、今の向翔一郎選手があるのはやはり父親の厳しい指導のお陰と言えます。

そして、向翔一郎選手の母親に関しての情報を探してみましたが、一般人と言う事もあり情報は出ていませんでした。

また、向翔一郎選手が両親についてコメントしているものはほとんどが父親の事で、母親に関しては全くありません。

なので、向翔一郎選手の母親は過去に柔道をやっていたとかでも無く、ごく普通の優しいお母さんで特にエピソードを披露するほどの「強烈なキャラ」がある訳では無さそうです。

向翔一朗の兄弟は姉が一人!実はすごい格闘家だった!

向翔一郎選手には姉が一人います。

名前は、向奈都美(むかいなつみ)さんと言って、1992年生まれと言う事なので向翔一郎選手とは3つか4つ違いのお姉さんです。

そして、実は姉が先に柔道を始めていて、弟の向翔一郎選手はそんな姉に付き添う感じで4歳から道場へ通っていました。

また、姉も柔道が強く、高校生の時には「柔道全国高校体重別選手権」2位となっています。

なので、高校の全国大会で2位となるのは「相当柔道が強い」と言えるのではないでしょうか。

さらに、2014年には「サンボ全日本選手権大会」56キロ級で優勝し、「サンボ世界選手権」56キロ級では4位となっています。

ちなみに「サンボ」とは、ソビエト連邦で開発された格闘技で、一言でいえば柔道に関節技を加えたような競技です。

なので、より「実践的」になり「格闘技」の要素が柔道よりも強いのが特徴なので、姉の向奈都美さんは、スポーツよりも「格闘技」に興味があったのかも知れません。

実際、2015年11月からは日本の女子総合格闘技団体である「DEEP JEWELS(ディープジュエルス)」の試合に出場し、3戦3勝しています。

ただ、「DEEP JEWELS」の戦績は2016年が最後となっていて、それ以後の記録はありません。

色々調べると、その後は神奈川県内の大手スポーツジムでパーソナルトレーナーとして働くなどした後、現在は結婚して子供が一人いると言う事です。

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なので、今はすでに「格闘家」は引退しているのかも知れませんね。

ただ、向翔一郎選手の姉がまさか「女子格闘家」になっているとは、やはり柔道家である父親のDNAが兄弟2人にしっかり受け継がれていたと言う事ではないでしょうか。

そして、姉の子供も当然「格闘家」のDNAが入っているだけに、将来は「柔道家」か「格闘家」になる可能性が高いだけに、この先が楽しみですね。

向翔一朗の彼女や結婚の噂はある?

向翔一郎選手の彼女や結婚の噂について調べてみましたが、現在のところは一切そのような情報は出ていませんでした。

ただ、ウルフアロン選手のように、いきなりテレビ番組で結婚を発表して周囲を驚かせたように、知られてないだけで実は彼女がいる選手は意外と多いのではないでしょうか。

特に、「世界柔道」「オリンピック」に出場するレベルの選手は、テレビにも頻繁に出演しますし、合コンなどもよく行われてる言います。

なので、女性との出会いもたくさんあるでしょうし、特に柔道で強い選手はやはり「カッコいい」ので、モテない訳がないと言えるでしょう。

そういう事を考えると、向翔一郎選手だけでなく、恐らくほとんどの選手に交際している彼女はいるのではないでしょうか。

ただ、「芸能人」ではない為、オリンピックシーズンのように連日ワイドショーに取り上げられるほどにならないと、週刊誌も動かないのだと思います。

やはり、週刊誌も話題の人を取り上げないと雑誌が売れないので、普段は注目されないスポーツ選手の交際相手をスクープしても意味が無いのでしょう。

しかし、2020年は東京オリンピックがあるので、そこで活躍した選手はバンバン交際相手などの情報も出て来るようになるかも知れません。

なので、向翔一郎選手の彼女や結婚の噂についても、今後何か新しい情報があればまた追記して行きます。

向翔一朗の破門された理由とは?

向翔一郎選手の事を調べると、「破門」とか「素行問題」と言うキーワードが良く出てきます。

気になったので調べてみると、日本大学4年生の時に練習日に度々遅刻する事が原因で柔道部の出入り禁止を喰らい、さらに寮も追い出されたと言う事です。

通常、1回か2回くらいではそこまでされないと思うので、向翔一郎選手は恐らく注意されても「常習的」に遅刻していたのではないでしょうか。

ただ、そこまでされたお陰で目が覚めたのか、その後に出場した11月の「講道館杯」では見事優勝し、その足で監督に詫びを入れに行くと許して貰えたと言う事です。

恐らく、監督も向翔一郎選手の性格などを考えて、一度追い出さないと「遅刻癖」は治らないと考えたのかも知れません。

そして、その後はさらに活躍し、グランドスラム・パリではオール1本勝ちで優勝し、IJFワールド柔道ツアーで初優勝を飾っています。

向翔一朗の凄すぎる経歴!柔道は高校で辞めるつもりだった!

向翔一郎選手は、4歳から柔道を始めて、本格的に取り組み出したのは全国大会に出場し始めた小学校4年生からです。

父親が柔道の先生だった事もあり、そこから厳しい練習を重ねた事で才能が一気に開花して、試合でもほとんど負ける事が無い状況になりました。

そして、中学は柔道の名門である「講道学舎」の所属となり、柔道のエリートとしての道を歩み出します。

また、めちゃくちゃ厳しい事でも知られる「講道学舎」において、先輩などから可愛がられた事もあり、入塾してから10㎏太るなど講道学舎始まって以来の珍事も起こしています。

それはきっと、向翔一郎選手の明るい性格が厳しい先輩の心も鷲掴みにしてしまったからではないでしょうか。

ただ、その後「講道学舎」を辞めて富山県の「雄山中学」へ移りますが、名門の「講道学舎出身」と言うプライドが出来てしまい、そこからは伸び悩んで行きます。

向翔一朗は柔道は高校で辞めるつもりだった!

向翔一朗選手は、富山県の高岡第一高校へ進学して柔道を続けますが、ここでも「講道学舎出身」と言うプライドが出来てしまい、まじめに練習に取り組みませんでした。

しかし、ある大会で中学の時には圧勝していた同級生に投げ飛ばされて負けた際、父親にこれまでの無作法な態度を一喝され、そこから再び本気で練習に打ち込むようになります。

そして、高校3年生の時に出場したインターハイで5位に入る成績を残しますが、向翔一朗選手的には柔道は高校で辞めて、大学からはアメリカンフットボールをやるつもりでした。

しかし、その時期に日本大学の柔道部にスカウトされた事で、本人の意思とは裏腹に大学も柔道を続ける事となりました。

なので、もしこの時期に日本大学のスカウトが無ければ、今の向翔一朗選手は無かったかも知れませんね。

向翔一朗は大学入学後からがすごい!

向翔一朗選手は、中学、高校と全国大会での優勝とは無縁でしたが、大学1年生の時に出場した「全日本ジュニア」でいきなり優勝しています。

さらに、翌年の「全日本ジュニア」でも優勝し2連覇を達成しますが、「世界ジュニア」では1年生の時も2年生の時も惨敗している為、外国人選手は苦手だったのかも知れません。

そして、大学3年生の時は「学生体重別」で優勝し、学生での日本一となります。

また、大学4年生の時には「全日本選抜柔道体重別選手権」でも優勝しているので、シニアの体重別でも日本一となりました。

その後、向翔一朗選手は2018年4月から「綜合警備保障(アルソック)」所属となり、その後の大会も順調に上位に入るなど好調をキープしています。

そして、2019年には初めて「世界柔道選手権大会」の代表に選ばれ、今後の活躍が益々期待されています。

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終わりに

向翔一郎選手は父親が柔道の先生だった事から、自然と幼い頃から柔道を始める事となりました。

ただ、最初は姉の付き添いで行ってただけで本気でやるつもりは無く、父親も向翔一郎選手は柔道家では無く野球選手にしようと考えていたくらいです。

しかし、結果として向翔一郎選手には柔道の才能があり、それを父親が幼い頃に磨いたお陰で後に世界チャンピオンにまでなっています。

後は、オリンピックでの金メダルを獲得が目標だと思うので、今後も向翔一郎選手の活躍に注目です!

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